昨日は息子の歯の治療が終わってホッとしたし、治療中に経過をカメラで撮影しながら画面で確認出来るのは凄く分かりやすかったと今更ながらも感心している。
撮影するカメラも他の治療器具のように細身で口の中にスッと入って治療している歯を大きく映し出す。
虫歯の部分が凄く分かりやすく治療前・治療途中・治療後が歴然としていた。
息子は治療で精一杯だったと思うが、自分にすると最新の治療が見られた感じがして新鮮だった。
治療する先生やクリニックのスタッフさんたちの印象が1番大事だとしても、分かりやすい説明があり発達障害のある息子がこちらにお世話になることにして良かったと思う。
自分の腸炎も治まってやれやれだが、虚血性腸炎・虚血性大腸炎は再発する確率が25%だと言う。
再発する確率が25%とは計算が苦手な自分でも高い確率だと言うことはわかる。
虚血性腸炎や虚血性大腸炎を発症した人の4人に1人は再発する恐れがあるということ。
再発は何とか防ぎたいが、ネットを見ると自分が出来ることはすでにやっている気がする。
それでも改善が必要だとしたら、水分を今以上に摂ることや食物繊維を多く摂ることだろうか。
腸の血流不足が事前に分かるといいけれどそれは無理で、今回は突然腹痛がやってきて自分としては寝耳に水だった。
けれど体のどこかが痛むのは体が自分に訴えているサインなのだろうから、気づいたことを改善して体を守って行くしかない。
脳梗塞予防の血をサラサラにする薬がそろそろなくなりそうだ。
血をサラサラにする薬を切らすのはきっと危険なのだろうから、薬がなくなる前に診察してもらわなきゃ。
名前しか知らないがバッドボーイズというお笑い芸人コンビの佐田正樹さんという人が、脳梗塞を発症して救急搬送されていたという記事があった。
救急搬送時について、「めまいがすごい中、ゲロ、バーバー吐いて、記憶失ってさ、病院に運ばれて入院ってなった」と回想。
医師からも「3カ月は何もできない」と回復には時間がかかると告げられていたというが、驚きの回復力を見せ、1カ月程度で復帰。
(日刊スポーツより)
救急搬送されるくらいだから相当辛かったようだし、お医者さんの診断からもかなり重症と思われる。
でも佐田正樹さんという方は懸命のリハビリで後遺症は残らなかったという。
脳梗塞と言っても自分と随分違うのは発症した部位にもよるのだろうか?
どうしたら脳梗塞にならずに済んだのかよりも、今後再発しないようにとにかく血をサラサラにする薬を飲み続けるしかないし自分は幸運だったと有難く思うべきだ。
今日は月に1度のランチ会がある。
昨日ランチ会の友人の1人からラインがあって知ったのだが、別の友人のお母さんが脳出血で病院のICUにいると言う。
驚いたが詳しくはその友人も今日のランチ会には来るそうなので、その場で詳しく話を聞けると思う。
自分も母親が入院して父親だけが残された実家に通っていた時期があったが、昔の父親程何も出来ないというかしようとしないから実際大変だった。
そんなお世話した時代も10年以上前になるから、遠い過去になって大変さも忘れてしまえたが現実に今が大変だと終わりが見えない分辛い。
何とか友人のお母さんが一般病棟に移れるくらい回復してくれるのがまずは先決だ。
美容室でカットとカラー
今日は元々美容室でのカットとカラーを予約していた。
ランチ会は大抵水曜日が多いので被らないと思って美容室を予約していたのだが、しっかりランチ会と被ってしまった。
でも何とかランチ会の時間までには終わりそうなのでランチ前にカットとカラーを済ませる。
今日は金曜日なので美容室のタブレットで週刊誌を読むことが出来るのも目的の1つだ。
まずは週間新潮の坂上忍さんのコラムから読むと、なんと坂上忍さんはギャンブルで四桁万円負けたと言う。
自分が間違ってなければ四桁万円というのは4000万円のことだと思うのだが・・・驚きの数字だ。
坂上忍さんご自身、この負けについてさすがに考えたらしくギャンブルに向いていないのではと自問自答した。
でもこの後ギャンブルで買った時の興奮などからしてギャンブルの魅力を再確認したらしい。
ギャンブル依存症とは違うとご自身を分析していて、普段の坂上忍さんは家と外の仕事をキッチリこなして誰に迷惑をかけるでもない。
唯一奥さんには冷たい目で見られるらしいが、坂上忍さんにしてもギャンブルは唯一の楽しみで負けた分は仕事で稼いでいるのだと思う。
潔くギャンブルから足を洗うんじゃなくて、迎え酒ならぬ迎えギャンブルと銘打って早速ギャンブルを続ける決意で終わっていた。
続いて週刊文春で林真理子さんのエッセイを読むと、忙しくて2年程行けなかった軽井沢の別荘に行った時の話だった。
軽井沢には日大の研修所というのがあるそうで、半世紀昔の大学生だった林真理子さんがテニスサークルで訪れた懐かしい思い出の場所に行ったそうだ。
18才だった当時の林真理子さん、確か「ルンルンを買っておうちに帰ろう」にも書いていたかもしれない。
テニスサークル内で何も出来ないお荷物的なところがあった林真理子さん、でも何も出来ないところが学生時分には可愛がられていたとか書いていたと思う。
(それが就職活動を迎えた頃には厳しい現実が待っていて、彼女は社会の厳しさに傷つけられることになるのだが)
半世紀以上を超えて今、違った立場で日大の研修所に赴いたとは・・・林真理子さんの胸中を思うと今回のエッセイは感慨深い。
ただ美容室ではとなりのお客さんと美容師さんの声に気が散って、仕方ないと思うしかないのだが人の声というのは耳障りだと思った次第だ。
でも逆にランチ会では多分自分たちの嬌声にうんざりする人もいるだろう。
ランチ会
美容室でカットとカラーを終えて、ランチ会の場所にも余裕で到着した。
相変わらず色んな話題が炸裂した。
やはりお母さんが脳出血で倒れて入院した友人の話が中心だったが、今は10分程度で日に2回面会が出来るのだそう。
お母さんは病院にお任せするしかない状態だが、残されたお父さんのお世話がやはり大変そうで毎日食事を作りに行っているようだ。
お父さんはもともとタバコを吸うらしく、火を使う危険を回避するためにアイコスという電子タバコのようなものに変えたそうだ。
他にも話題は目まぐるしく変わったが、プロ野球好きな友人が選手の名前次は々と出て来るのに他のことはどんどん忘れていくと言っていたのがおかしかった。
好きなことは頭に刻まれるものらしい。
ランチ会がいつもより短めに終わったのは親御さんのお世話がこの後入っている友人が2人いたからで、自分としてはこれくらいがちょうどいいと内心思った。
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