映画「尼僧物語」を観る

雑記ブログ

今日は寒くて今シーズン初めてホッカイロをお腹に貼って見た。

けれど皮下脂肪が邪魔をして温かみは全く感じない。

腹巻もしてホッカイロを挟んだ方がいいのかと思案もしたが、お腹の下の方に貼り直してみると温かみを感じ始めた。

とにかく急激にやってきた寒さに今日は半袖じゃなく長袖を着て対処する。

ストーブも点けようか迷って、とりあえずカーディガンを羽織って過ごしている。

そして温かい飲み物で暖を取ることにする。

この程度の寒さで音を上げてる場合ではない、大雨であちこちで大変なことになっているのだから。

「さかがみ家のチャンネル」

昨日はひらがなの「さかがみ家のチャンネル」YouTube配信日だった。

いつもは動物がメインだが今回のYouTubeはスタッフさんのやり取りも半分はあって、面白かった。

スタッフさんによっては言うことを聞かないワンちゃんもいて、それはそれで笑える。

動物から見ても関わるスタッフさんをランク付け?しているみたいだ。

保護ハウスさかがみ家でのスタッフさんは24時間勤務らしく、生活をともにすることになるからスタッフさん同士で隠せない部分が出てくるのだろう。

そんなところを動物も見ていてスタッフさんの格付けが出来てしまうのかもしれない。

キッチンカーで全国出張を成し遂げたスタッフの古山さんはいい人だと思うが、女性陣から見たら詰めの甘さが際立つし失敗エピソードが多過ぎる。

それでいてどこか人の良さそうな面が見受けられてファンも多いのだと思うが、一緒に働くとカバーしなきゃならないことが多い人だと思う。

でも見ている側からするとそれもまた楽しいという短めの娯楽番組を見たかのようだった。

尼僧物語

オードリーヘップバーンの「尼僧物語」を観た。

以前閉店したレンタルビデオ店で割引になっていて購入したDVDの1枚だが、長尺だったので見る機会がなく今になった。

オードリーヘップバーンが映画のほとんどを尼僧スタイルで登場するが、尼僧スタイルが地味なだけにより美しさが際立つのが凄いと思う。

多分、「尼僧物語」は昔テレビで観ていた思う。

昔の映画は背景とか建築物が珍しくそれだけで違う世界に引き込まれて行く。

特に教会の内部とか教会でのしきたりとか見るものが新鮮だ。

けれど昔観た「尼僧物語」は背景とかどこの国の話だとか何も知らなかった。

調べてみたら少しは映画を理解したつもりになれる。

時代は第二次世界大戦前でベルギーでの話らしい。

オードリー扮するガブリエルが父親に付き添われて教会に入門?するところから物語は始まる。

彼女は看護婦としてコンゴに赴任する夢を持っているらしく、それがなぜ尼僧になるのかまず分からなかった。

調べてみると当時のベルギーでは女性に医学の道はなく、尼僧になれば研修で医学校に派遣されて医学を学ぶことが出来たという。

どこの国でも古くは女性への門戸は閉ざされていたり狭かったようだ。

医学博士を父に持つガブリエルの医学知識や実技能力は高かったが、尼僧としての戒律や宗教教育は厳しく医学を目指すガブリエルに矛盾を突きつけるものだった。

実際に寡黙を通すとかいつも目線は下にするとか極力膚を見せないとか、個を無くすというか人間性を失わせるようなしきたりが多い。

ガブリエルが病院で奉仕することになった際、決められた時間になれば患者の治療途中でも宗教最優先で駆けつけねばならずガブリエルはいつも遅刻。

優秀なガブリエルが先輩尼僧を越してコンゴに赴く可能性が出てきた時、格上の尼僧からコンゴに赴くための試験に失敗することを勧められる。

宗教上で言う謙譲?みたいなものを学ぶ機会のような言い回しでガブリエルを諭す格上の尼僧。

苦悩に満ちたガブリエルだが逆らうことを諦める。

敬虔な宗教とは言え人間って言葉で濁して何とでも都合よく采配するものだと思った。

時が経ちガブリエルはコンゴでの医療活動に赴くが、ここでも宗教は足枷で手術中ですら、祈りの鐘が鳴ると何をおいても膝まずかなければならない。

彼女は宗教と医療奉仕の狭間で苦悩する。

時代は第二次世界大戦に突入して、ドイツの横行がヨーロッパを席巻して宗教的にはドイツも憎むことは出来ない身ではあるガブリエル。

けれど大切な父親は銃弾に倒れ兄弟も兵士・レジスタンス活動へと状況が変化する中で、ガブリエルも決断する時が来て教会を去る場面で映画は終わる。

宗教というものが未だに分からないし、何故にそこまで信心できるのか洗脳とどう違うのかと思う。

何かに縋ることはあっても最後の何かを決めるのは自分自身でありたいと思うから、ガブリエルの行動は正しかったと思う。

当時のテレビでは頻繫に洋画を夜だけじゃなく昼間でも放送していたと思う。

それだけ娯楽が少なかったからテレビで見る映画は貴重な楽しみだった。

テレビ放送用にカットはしていたと思うが、カットがあっても放送してくれるだけで有難かったし当時はカットした場面なんて考えることもなかった。

今なら『ノーカット版』という言葉に食指は動くと思う。

大好きな映画「ワンスアポンアタイムインアメリカ」はアメリカ公開時に散々な編集で最悪な評価だったという。

その最悪の評価だった映画を見てみたい気がするが、自分の持っているDVDはヨーロッパで公開された方らしい。

映画の編集がいかに映画を良くも悪くもするか、カット場面の意味するところを見たい気持ちがある。

カットされた膨大なフィルムがあるとしたら、見てみたいが自分の目に触れることはない。

テレビ放送で見た「尼僧物語」は子供の頃だったと思うし、第二次世界大戦という背景も理解していなかった。

ドイツ軍によって国を、身内を亡くした者にとって敵を憎むのは当たり前で宗教ですらその気持ちは変えられないと思う。

尼僧になる修行とか儀式を見たのは新鮮でとても興味深かったし、とにかくオードリーの気高さは「ローマの休日」と同様。

役柄上、献身的に看護する仕事だから目の下の濃いクマがあるメイク場面が多かったけれど、オードリーの美しさは隠せなかった。

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