雨の日のランチ会

雑記ブログ

昨日の午後はとら豆で作った煮豆を幼なじみの友人の家の玄関にかけて、靴屋さんの友人のお店にも届けて残った1つは妹の家に届けて来た。

またしても煮汁が多かったので少しだけ捨てて、残りはコップにとって自分が飲むために冷蔵庫に保存した。

柔らかくなった豆に砂糖を入れる前に水はかなり捨てたと思ってたが、砂糖を入れた後はまた水分が出るのか煮汁が増えてしまった気がした。

昨日は更に友人のお父さんのお通夜があり、夜の外出は久しぶりだったので少し緊張して運転した。

最近のお通夜ではこれもまた久しぶりに混雑する参列者の多いお通夜の席だった。

その会場は9年前に実父の葬儀が行われた場所で、その後も何度か訪れているはずだが昨夜は何故か父の葬儀を思い出した。

会場では妹さんがロビーみたいな所にいたので頭だけ下げて、お通夜の場所に向かった。

妹さんとは上の息子が幼稚園時代に知り合った。

けれど、彼女はクラスでも目立ったグループの一員で運動会なんかはお揃いのTシャツをグループ内の親子たちで身にまとうという感じだった。

当然自分とはかけ離れた存在で、挨拶程度のお付き合いだった。

今になって思うと、幼稚園というのもお母さんたちの派閥があって、何とも嫌だった記憶がある。

かと言ってその時代というのはそんなに長くはなくて子供は成長するのだし、時間はあっという間に過ぎていったのだがその時代にいる間は嫌で仕方ないものだ。

本州で幼稚園が舞台でママ友同士のいざこざが原因で起きた事件があったが、どこか分かる気がしたものだ。

昨日は妹さんのお友達が集合しているのだと思ったら、1人だけ見知った人がいただけで向こうは自分など気づかないようだったから良かった。

更には野菜をくれるお姉さんの方とは葬儀を行う場所で会い頭を下げあった。

いつも野菜を届けてくれるお姉さんは、かつては自分はを含めて40件以上に野菜などを配っていたと聞いたことがある。

それは療育センターでの知り合いが多いと思ったから、そのうちの何人かとは会うのかと思いきやそれもまた自分の思い込みで誰一人見知った人はいなかった。

コロナ以降は葬儀自体には列席せずに香典だけ届けて帰る人も多いと思う。

それかお通夜に来ないということは今日のお葬式に参列する人がいるのかもしれない。

1人で座ることが出来て両隣は全く知らない人で、それは自分の理想とするところだったから良かった。

お通夜自体は禅宗だとかでお坊さんがお経を少し唱えては、お経の意味を説明してくれるという一風変わっていてこんな説明は初めて聴くものだった。

本格的な焼香が始まる前の前座?みたいなものだったのかもしれない。

ただお坊さんの滑舌がいまいちであまりはっきりと聞き取れなくて、お説教は聞き逃してしまうか所が多くて残念だった。

大勢の人に紛れて帰りまで気楽に過ごせてお通夜に気楽はないだろうけれど、そんな気分だったのは間違いない。

帰りは気を付けてゆっくり慎重に運転して帰宅した。

ランチ会

今日は月に1度のランチ会だ。

昨日まで晴れていたのに今日は朝から雨の降る陰鬱な日だ。

はっきり言って家に籠っていたい気分だが、お付き合いも必要だと自分に言い聞かせる。

時間に遅刻はしたくないし、遅刻するような用事もないわけで少し早めに出発した。

早めに行って正解で駐車場は車がいっぱいで1台だけ空いていて止めて、後に友人たちも集まり歩道ギリギリにそれぞれ車を止めることが出来た。

ランチ会は11時半から始まり終わったのは14時ジャストだった。

今日は同居する義理のお母さんの話で感情を出し切った友人が涙していた。

友人の義理のお母さんはかなり気の強いというか我が強い方らしく、それまでもかなり自分本位な人という印象はあった。

そこに来て認知症まがいの金銭的な誤解があったようで、今日は友人もこらえきれなかったのだろう。

今の時代においてお仕えしている友人が稀有な存在と言えるくらい、聞いた限りではハチャメチャで平気で人を傷つけるお義母さんのようだ。

でも友人のあまりのスピーディーな話っぷりに自分の頭は整理が追いつかず、いつものごとく聞いていたのか聞いたそばから消えて行ったような感じだった。

そして友人の義理のお母さんは間違いなく認知機能に問題が生じているというのが、他の友人たちが出した結論だ。

自分だと同居というのはとにかく大変だという結論だ。

ある友人は「長生きはしたくないから国が何とかして欲しい」と言っていた。

まさに映画「プラン75」の世界だが、色んな話題が交錯する中で自分が発する言葉はかき消されるだろうという思いが先に立つ。

それに自分たちにとって75才はまだ先だが、友人たちが実際にお世話をしている親御さんがいる訳で簡単に話題には出来ない問題だ。

自分が天涯孤独だとしたら理想的な話だというだけだ。

それにしても立て板に水の如く喋ることが出来る人というのは頭がいいんだろうなぁなどと、自分は別次元のことのように思っていた。

実家の断捨離が忙しい友人やお母さんが怪我をして週2回通院のお世話をする友人。

そして自身の体の不調でMRIを撮った結果、原因は分からなかった友人。

自分たちくらいの年齢だと健康や介護の話くらいになるのが当然で、今日の天気のように明るい話題ではない。

でも言葉にすることでスッキリして解散出来たのかもしれない。

自分は吐き出すことは何もなかったから、スッキリとまではいかないがランチ会が終わったことに安堵した。

ランチ会は自分にとってコミュニケーションを図るために課せられた訓練であって、それはいつか終わりが来るから行けるところまでは行くべきだと思う。

けれど自分が何かしら愚痴ったり感情を訴えたりすることは難しいと感じる。

今日の場所はあまり人目を気にせずに済んだけれど、周りが気になる場所だと気持ちはもっと重くなる。

あまり人目が気にならなくてタガが外れて友人も涙を流してしまったのかもしれない。

何とかお義母さんと離れた生活?が送れるようになるといいけれど、それを決断するのは友人自身で終わりにするのか時期を待つのかは分からない。

ランチ会だっていつかは終わりが来る訳でそれはいつどんな形でやって来るか分からないが確かなことだ。

それまで自分は修行しているつもりだ。

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