今日ウォーキング

ウォーキング

今朝も息子を送る時に見た山は一切の汚れた気持ちをを拭い去るかのように輝いていた。

日中はプラスの気温になるらしいから、雪解けが進んで凍りついた雪もなくなるだろう。

昨日はフジテレビの長い記者会見があったようだが、自分は時折耳にした程度で見ていない。

見ていないが聞こえる時に思うのは、質問者はもっと単純明快に質問出来ないかなぁということ。

相手の意見を聞きたいのなら、自身の意見をとうとうというべきじゃない気がする。

自分なら何点か言われたらまず覚えていられないだろうと思うのだが、もっと端的に何が聞きたいのか明確にして欲しいものだ。

と言っても自分が耳にしたのは、長い記者会見のほんの数分間の聞きかじりに過ぎない。

朝、幼なじみの友人からは「あの記者会見に中居を出すべきだった」と怒りのこもったラインが挨拶代わりに来た。

世間的にも中居正広さんとフジテレビに関した一件には怒りがある。

だから、記者会見の質問者も世間という強い味方を得たつもりで大仰に出るのかもしれない。

でも世の中って悪巧みをしても罰せられない人がかなりいると思うのだ。

特に知能犯とか政治家の方々は法の裁きから免れる人に相当するのかと思う。

政治家の場合は秘書の方が肩代わりしたりして、罪に問われずしてやったりとホクホク顔かもしれない。

でも一生を終える時、そんな自身を満足して終えられるものなんだろうか。

まだあの世にいっていないから分からないけれど、自分なら少なくとも自分の決めたルールに違反して終わりたくないと思う。

誰かに見咎められなくても、不正や犯罪を働いたとしたら自身が分かっていることだ。

法の裁きを受けて罪を償っている人の中には、世の中をうまく立ち回れなかった人が相当数いるように思う。

とにかくあんな記者会見を垂れ流して見るよりも、好きな本の世界に浸っている方がまし。

それでいてポイ活に出てくる切り抜きの記者会見を見たりはするのだけど。

昨日見たティックトックでは、港社長が社長に就任したばかりの時にとんねるず企画?のドッキリで落とし穴に落ちるというものだった。

情報によると港社長は、とんねるずの番組のプロデュースの成功でのし上がって来たらしい。

切り抜き動画だけ見てると面白いけれど、今になってこういう過去がタイミングよく登場するとは全てがネタにされている。

ウォーキング

今日は河川敷に行ってみようと思い立ち、いつもとは違う方の河川敷にやって来た。

河川敷までの道は日陰はしっかり雪があってやっぱり歩きづらいが、逆に考えるとこれが足には効くはずだ。

ウォーキングと称してはいるが、今日もひたすら足元を気にして歩く。

4000歩位歩いたところで引き返すが、同じ道を通ってもつまらないと思って河川敷から住宅地まで降りて車まで戻って来た。

歩道に雪がないところや、人1人通る分だけアスファルトが出ている道などもあって帰りは割と快適に歩けた。

でも雪が溶けて凍ってを繰り返すから、歩くとしたら本当に気をつけて気を引き締めて歩かなきゃいけない。

雪が少ないのだから歩ける時には歩いておく。

温暖化で夏に思ったより歩けないかもしれないのだから、その分を今のうちに歩くことだ。

「私の最後の羊が死んだ」

「ともぐい」の河崎秋子さんの本「私の最後の羊が死んだ」を読んだ。

河崎秋子さんのこれまでの人生が詰まったとても読み応えのある本だった。

「羊飼い」という職業への見方というかそれまでよく知らなかった職業を、しっかりと学ばせて貰った感じがする。

河崎秋子さんの職業意識の高さからしたら、自分みたいに何も知らないことは凄く失礼に値すると思う。

酪農家であるご実家の敷地を間借り?して始めた羊を飼うというその前に、河崎秋子さんはニュージーランドで1年間羊を飼うためのの実習に行っていた。

とても慎重であり用意周到であり、実行力に長けた方でもある。

そしてもともと獣医さんを目指していた時期もあるようで、解体作業なども理性的にこなす。

本の中には飼っている羊を出荷した際に、残った頭の中から脳ミソを取り出して調理する場面が出て来る。

その脳ミソを取り出す時には「インディジョーンズ」の2作目が、頭に浮かんだらしい。

更には脳ミソを薄くスライスしてバターを熱したフライパンで焼くときには「レクター博士が・・・」と呟いて以降は考えないようにしたらしいが自分がその先まで想像してしまった。

こんな具合になかなか理性的で大胆さを持つのが河崎秋子さんのようだ。

でもそんな河崎秋子さんは訂正でもするかのように、動物を解体出来るからと言って「解体はあくまで技術に過ぎないと思っている」とある。

解体自体に快楽を覚えるといった趣味はないそうだ。

正に理性的でお医者さんになっていてもいいくらいに思うし、レクター博士にはならなかったはずだ。

常に生き物と対峙してきた生活で真正面から向き合った結果、解体も真剣で生き物に対する尊厳を感じる。

そんな場面は漫画「銀の匙」を思い出す。

何というか生きることに一家言ある方だと思うし、精神的な逞しさを感じる。

これまでの河崎秋子さんの人生がとても興味深く書かれていて、「ともぐい」で感じたような力強さは本来河崎秋子さんが持っている強さだと思う。

ジョギングやマラソンも趣味で、今の本業である”書くこと”が出て来たのは本の中盤くらいからだった。

羊飼いの仕事を15年もしながら、実家の酪農業をこなし更に倒れたご家族の介護にと疲弊する大変な日々が書かれていた。

これだけ忙しくても時間を作って書き上げた小説が文学賞を獲るとは、なんとバイタリティーに溢れた方だろう。

今は作家さんのお仕事だけになり週刊文春に連載されている小説があるし、河崎秋子さんまだ読んでいない本を是非とも読んでみたいと思う。

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