洗車と猫カフェ?のようなもの

雑記ブログ

昨日は天気も良かったから息子の付き合いから帰って、車を洗った。

今年に入ってから手洗いで車を洗ったのは2回目だと思う。

それに今日はネコちゃんに会いに行くから張り切って洗車したわけだ。

ドライブスルー洗車を利用することもあるが、実はあのドライブスルー洗車はちょっと怖いと思っている。

それまで閉所恐怖症と思ったことはなかったが、最初に体験した時は放水音とトンネルみたいな狭さにビビッた。

何度かドライブスルー洗車は体験済の今も終わるまで、ジッと我慢して待っている。

多分他の人なら洗っている間、スマホをいじったりしていられると思う。

自分は500円の一番安い洗車でそれ程の時間じゃないと思うが、スマホを見ながら待つような余裕はない。

いつも終わりの知らせでトンネル?を抜けるとホッとして車を拭き拭きし、やり遂げた達成感でもって帰って来る。

家での手洗いはバケツに洗剤を加えて雑巾で汚れを落とし、水洗いをして拭き取って大体25分から30分位の所要時間。

車の中を掃除する時もあるが、昨日は外側だけで終わり。

1人だから「いつもありがとね」と車に話しかけても大丈夫・・・と思ったら、お隣さんが外で作業していたようだ。

外側だけでもキレイになって気分がいい。

でもまだ朝の冷え込みで車の窓が真っ白になるから汚れやすいし、今週は雨の予報もある。

真夏が一番汚れが目立たなくて車を洗う機会が減る。

年越しの前には気持ち的にキレイにしなきゃと思うが、でもその頃は寒さが厳しくてドライブスルー洗車はそんな時に有難い。

確か去年の暮はドライブスルー洗車が長い列をなしていたので、コイン洗車場で洗ったと思うがコイン洗車場の方があまり使わない。

ところで昨日日課にしている体操を上げてみたが、他にもやっていたものがあった。

主に片足立ち、つま先立ち、肩甲骨の体操とこれらは朝ごはんのおかずを作りながらの「ながら体操」でやった方がいいと耳にすると自然に増えた体操だ。

果たしてどこまで効いているかは不明だが自己満足の体操は続く。

今日のウォーキング

今日も河川敷を歩いて来る。

風はないが朝は気温も低くまだ薄着は出来ないしホッカイロも付けている。

人はあまりいないからスマホの曲に合わせて歌って歩く。

でも歩きながら歌うと息が続かなくなって苦しくて「ヒーヒー」言っている。

鳥は小さくても跳びながら「ピーピー」とひっきりなしに鳴いてしかもよく響く。

これって人間で言うと歩きながら歌っているようなものかと思うと、お腹から声が出ていて素晴らしい。

鳥に負けている自分。

認知症予防には声も出した方がいいらしいから、弱弱しい声でも時には歌って歩こう。

今日は坂本龍一さんの「ラストエンペラー」の曲も聴いて歩いた。

今日の歩数は7671歩、距離は5.1㎞。

ネコちゃんに会いに行く

今日はお誘いいただいた友人の家に、ネコちゃんに会いに行って来た。

少し慣れてくれたようでチュールを食べてくれて、身体を摺り寄せてくれるネコちゃんもいた。

自分から抱っこは出来ないが、友人が膝の上に乗せてくれたからしばらく撫でさせてもらい、ネコちゃんは指先をなめてくれた。

しかもあの喉を鳴らすゴロゴロという音が聞けて少し感激した。

友人の話では膝に乗せて貰ったネコちゃんは鼻息が荒いそうだから聞き間違いか?

少なくとも敵対心はないようで、友人の話では猫じゃらしを使ってネコちゃんと遊んでいる時も笑っている表情だったという。

使っていたコタツも片付けてしまって隠れるところがなくなったようで、5匹とも凄く近くにいてまるで猫カフェのようだった。

と言っても猫カフェには行ったことがないが。

遊びに行く限りでは楽しくて癒されるが、実際に飼っていれば病院通いのネコちゃんもいるし、猫砂や餌も値上がりしていて大変だと言っていた。

あっという間に時間が経ち友人宅を後にして息子を迎えに行って帰って来た。

お昼ご飯は昨日作った芋団子を焼いて食べたら、焼いてすぐだと昨日と違って美味しく食べられた。

モチモチ感がちょうど良い具合で、これだったら焼かずに友人のところに持って行くべきだったと後悔。

「60歳からはやりたい放題」

和田秀樹さんの本「60歳からはやりたい放題」を読んで1日経って、薬のことも本に載っていたことを思い出した。

日本の医療が薬漬けというか薬の出し過ぎになっているということ。

一つの病気に対して大体2~3種類の薬が処方されるのが基本だとして、高齢になればいくつもの病気をかかえることもある。

お医者さんは自分の専門分野に特化していて他の分野に対して自信がないため薬も増えてしまう。

薬が多くて何らかの負担が体にかかるようなら減らしてもらうべきで、医師に相談すべきとある。

薬で具合が悪くなるなら飲まないのも一手だというし、自分に合ったお医者さん選びは早めにしておいた方がいいそうだ。

どうしてもお医者様は偉い人という感覚で、診てもらう方は下手になってしまうからお薬も処方されると従ってしまう気がする。。

実際に病院にかかった時に薬のことやお医者さんを選ぶことが出来るかは分からない。

都会と違って選ぶほどの選択肢もないんじゃないだろうか?

参考程度に考えておくしかないが、確かに親の病院通いに付き添ってた時は薬の多さに驚いていたものだ。

スーパーの大袋に薬が何種類も入っていたものだ。

和田秀樹さんの本にはがん治療の是非についても書かれていたが、自分1人で決められない問題でもあるなぁと思いながらも頷ける部分もあり。

この問題は不毛な議論だなと思った。

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