今日も息子が休みなので送迎は無し。
昨日読み終えた河崎秋子さんの「ともぐい」があまりにもリアルに迫って来て、春先に河川敷にウォーキングに行ったら熊の出没が有り得ない場所でも考えそうだ。
それに誰もが思っていることのようだが自然描写が見事で目の前で見ているかのようだったり、自分がその場にいるかのように感じたりした。
なのでもう一度ページを捲り直しているくらいで、再読するつもりなのかどうしようかといった具合だ。
これだけの表現力は並大抵ではないというか、本は読んで分かりやすいのが一番で自分は難しい表現だと素通りしてしまいがちなのにしっかりと立ち止まることが出来た。
分かりやすいから尚更グロいというかリアル過ぎる表現にちょっと驚いたけれど、この刺激が癖になってきっと河崎秋子さんの他の著書を本屋さんで探すことになる。
「絞め殺しの樹」は一応読んでいるから他の著書を読んでみたい。
歩いて買い物
天気も良いので歩いて用事を足して買い物も済ませて来ようと出かけて来た。
気温は高めと分かっていたが万が一の転倒に備えてスノーズボンを履いて、レッグウォーマーまでつけて出たものだから、歩く途中から暑くなって来る。
リュックサックを背負っているから背中もぬくぬくでそのうち暑くなりそうだ。
せめてお腹に貼ったレギュラーサイズのホッカイロは外して来るべきだったが、それも今更取り外すのは面倒だ。
背中にホッカイロを貼らなくて良かった。
歩きながらまた「ともぐい」の熊爪を思う。
熊爪は道なき道を歩き野宿して超えていた、その暮らしぶりは恐ろしく質素で見てくれは野獣のようだった(と思う)けれど単純明快で人間の面倒くささを削ぎ取ったかのようだった。
自分が今歩いているのは道であり誰かがつけたり通ったものであり、熊爪のように腰を骨折する大怪我を負いながら痛みと闘い歩いているでもない。
多少氷が張って足元が怖い箇所はあるけれど無難な道をどこにも痛みはなく歩いている。
今の時代に熊爪みたいな人は存在しないだろうが、気持ちの上では人と関わりたくなくて避けている人は大勢いる。
熊爪のように1人を望み1人で己の始末をして自然に還ることが出来たなら、それはいい人生だったと言えるんじゃないだろうか。
自分がちゃんと自身で後始末を出来るのかは分からない。
分からないなりに考えさせられる「ともぐい」は凄い本だと思う。
なるべく重くならないものを買って帰って何とか歩数は確保したが、汗をかいたから着替えるまでになってしまった。
車を手洗い
昼食後、気温が高いうちに汚れ切った車を洗うことにする。
バケツに洗剤入りのお湯を入れて何度か行ったり来たりを繰り返し車を洗う。
取り敢えず外側だけを洗い、車内は手を付けず洗車は30分程度で終わり。
洗車に使った水が路面で凍ってしまわずにすんなり乾いてくれるといい。
やっぱり日頃からお世話になる車だからしっかり自分の手で洗うと満足度が違う。
とは言っても単なる自己満足であって完璧にキレイにした訳でもないのだが・・・見てくれはキレイ。
コイン洗車場で洗うのは楽だけれど慣れていないせいか洗い残しが出来る。
車の運転は苦手だけど車がなければ成り立たない生活になってしまっている。
いつまで運転するかは決めていないが出来るだけ細く長く運転するしかない。
来週、軽の新車を買った妹に付き添って新しい車を引き取りに行く。
軽自動車を買うなら新車じゃないといけないと妹は言う。
自分の車は中古の普通乗用車で年式も旧い、妹の新車の値段を聞いたら自分の車の倍以上の金額だった。
妹も還暦は超えているからこれが最後の車だと言う。
何だか山本譲治さんの歌の「お前が俺には最後の女」という歌詞が思い出される。
自分は今のところ車を買い替える予定はないが、今の車が最後になるかどうかも分からない。
でも時折話しかけたり自分の気持ちをぶつけたりと、車とは言えどちらかというと家族のように接している車だから大事にしたいと思う。
逃亡犯
【速報】桐島聡容疑者を名乗る男が死亡 警視庁公安部が本人確認を進める中 末期の胃がんで入院
男は今月、「ウチダヒロシ」の名前で入院していましたが、関係者に「死ぬときくらいは本名で死にたかった」などと話し、桐島聡を名乗ったため警視庁公安部が本人確認を進めていました。
Yahoo!JAPANニュース
この桐島聡とおぼしき人物は50年もの長い間、偽名を使い逃走生活をして来たというから興味をそそる。
長い間追手を恐れて暮らしていたのか、それとも何年か経つ間に見つからないと安心して偽名を使い堂々と暮らしていたのか。
けれど偽名はあくまで偽名であって「最期は本名で迎えたい」と本来の自身に戻りたかったようだ。
連続企業爆破事件はかすかに記憶はあるが自分はまだ中学生か高校生になった頃だと思う。
世の中のニュースや勉強よりも映画の世界に没頭していて、事件はそんなこともあったかというくらい。
学生運動の名残りなのかそれともテロ活動がこの時代には盛んだったのか、大学というところに入って過激な行動に身を投じる時代背景というのが自分は未だによくわかっていない。
オウム真理教のような宗教に高学歴の人が夢中になったことも分からないし、確かオウム信者でもかなり長く逃走して逮捕された人もいたが手配写真より遥かにやせ細っていた姿だった。
桐島聡とみられる人物の現在の人相風体は分からないが記事によると末期がんとなっていたそうだし、50年の月日はかなり風貌に変化があったんじゃないだろうか。
けれど桐島聡とおぼしき人物は、病死を遂げたのであって罪からは逃げ延びたと思うと複雑な気分ではある。
50年もの間どういう思いで生きて来たのか知ることが出来たら知りたいところだが、犯した罪も置き去りで逝ってしまっては何も残らないだろう。
知る手立てがないものはどなたかが本にしてくれたら読みたいと思う。
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