冬の運転と心が痛んだ本

雑記ブログ

今日は風もなく太陽の光を浴びながら、公園をウォーキングして来た。

まつ毛がくっつくこともなく5000歩弱歩いて、買い物も済ませると6000歩を超えた。

寒さが緩んで道路の雪が溶けている。

このまま春になるとは思わないが今日あたりは足元もそれ程気にせず歩けた。

2月は短いから2月を乗り切れば何とかなりそうな気になる。

そうはいっても安心は出来ず3月だってドカ雪に見舞われることもあるが。

冬の運転

たちまちエゴ表出装置と化す「車」 美しい雪の日に見たくない光景 【コラム・明窓】

山陰中央新報 の意見 –

記事には大雪に見舞われた島根県で、車の運転に関するエゴともとれるドライバーの運転について書かれていた。

雪のせいでいつもと違って行動が制限される中、先急ぐ自己中心的なドライバーに目が行ったのだろう。

でもそんな自己中なドライバーがいる一方で、スタックした車を助け合って救出したりする姿に癒されたとあった。

北国で暮らすのでとてもよく分かる。

冬は嫌いだが雪が降ると普段感じられない「譲り合い」が多くなる。

歩いていてすれ違う道が雪で狭れば「お先にどうぞ」と言葉はなくても譲り合うものだ。

そんな時にお互いに頭を下げて行き交う様は、寒さの中でも心はあったかく感じる。

車での移動でも同じで、すれ違うにはどちらかが止まって譲らないと通れないような雪で狭くなった道もある。

そんな時もどちらかが譲って頭を下げたり手で合図をする時、不便さが返って人間の温かみを思い出させてくれるような気がするのだ。

まぁ、逆もある訳で、急いでいる車は前の車にピッタリついて「早く行け!」と急かす。

急かして少しでも隣車線よりも進んだら、車線変更して更にスピードをあげる。

前にいる車を超すことが目的のような運転。

そんなに急いでどこに行くんだろうなどと、のんびりの自分は思うのだがそんな人たちにとっては車に乗る目的が「スピードを出すこと」なのかもしれない。

信号で止まっている時に隣の車から大音量が聞こえることもある。

救急車や消防車の音も聞こえないんじゃないかと心配になる。

車の運転には性格が出るというが本性が間違いなく出ると思う。

入院中の友人

股関節手術をした友人はリハビリ棟に移り、昨夜のラインで病院の都合で1人部屋への移動をお願いされて喜んでいた。

リハビリも順調に進んでいるみたいで一時的なこととはいえ1人部屋になれて「気楽」と喜んでいる。

長く働きづめで来たのだし、今は休養するつもりでのんびり過ごせたらいい。

いつもは朝だけのラインが今は夜にも来る。

仕事から離れて時間があるようだ。

病院内は暑くてバスタオル一枚で眠っているらしく、私からしたら考えられない。

今日は比較的暖かく感じてスタバのフラペチーノが頭に浮かんだが、飲んだ後に腹痛を起こしかねないと誘惑を打ち消した。

「ソ連兵に差し出された娘たち」

少し前に読んだ「ソ連兵に差し出された娘たち」という本。

満州のことや中国で日本が行ったことは本で読んで割と知っている気になっていたがそうでもなかったと思い知らされた。

日本から多くの満蒙開拓団が満州に渡ったが、その中で岐阜県「黒川開拓団」600余名あまりの敗戦混乱時の集団生活での話。

開拓団幹部が考えた苦肉の策なのだろうがソ連兵への「性接待」に未婚の女性が犠牲になっていたことは知らなかった。

ソ連兵に未婚の女性を差し出し(性接待)開拓団の護衛を依頼していたという。

大勢の女性が被害に遭わないで済むように少数の女性が犠牲になるという悲しい選択。

戦争に付き物でありながら性接待という問題が闇というか後ろに隠されていたものが、ほんの少し日の目を見た感じだ。

その性接待は日本へ引き上げるための避難中に河を渡る際にも、通行料として要求されて犠牲になった女性がいたようで読んでいて辛かった。

開拓団という集団の中で決められたことに従うしかなかった女性がいたこと、声を上げて訴えるには非力で戦後も存在を隠して生きるしかなかったこと。

開拓団を守るために犠牲になったにも関わらず、戦後は差別に遭うとは人は自分さえ無事ならそれでいいのかと怒りを覚える。

そんな女性がいたことを知らず気づかずに生きてきたことを申し訳なく思う。

戦争は対する敵だけじゃなくて、時には仲間内での揉め事で悲惨になる。

でも当時は集団生活で拒否する権利すらない時代だったろうと思うと、若い娘さんたちは開拓団幹部の決めたことに嫌でも従うしかなかったのだろう。

今は平時だからこんなに穏やかに暮らしているが、非常時に人間の本性が現れるのだろう。

この本で思い出したのが、ヤン・ソギルの本だ。

韓国女性が日本兵の従軍慰安婦としていかに粗雑に扱われたかが、これでもかという残酷さで綴られていて胸が痛くなったものだ。

日本がこの時は加害者、局面が変われば被害者にもなるのが戦争。

戦争体験を胸に秘めたままこの世を去った人も多いと思う。

せめて声にならない声を少しでも本を読むことで知ることが出来たらと思って、そんな本には立ち止まるようにしている。

見なかったこと、聞かなかったこと、知らなかったことで心は軽くいられるというか、やましい気持ちにならずに済む。

そうやって何も知らないまま人生を終えるのも幸せなのかもしれない。

でも少しでも目にとまったことからは目をそらさないようにしたい。

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