暑さ対策の保冷グッズ

雑記ブログ

昨夜はアイスノンの枕だけじゃなく、保冷剤をハンカチでくるんで脇の下と首に挟んで床に就いた。

凄く冷たいよりも何となく身体に当たっているという感じが良かったのか、気がつくと夜中まで寝入っていた。

夜中と言っても自分の言う夜中は23時頃だったから、普通の人が眠る時間くらいだろうか。

でも眠れないことを覚悟していた割にはそうでもなく、再び寝入って次に目が覚めたのは翌日3時少し前だった。

今日は息子が早朝からの仕事なのでそのまま起きていた。

しばらくスマホを見たりした後、布団の中でのいつものストレッチまがいのことをして起きた。

昨日は日中そこそこ風があったけれど、今はそれほど風がない。

どれだけ暑くなるのか…水分補給はしっかりしたい。

ウォーキング

息子が早い仕事のおかげで、自分の歩く時間も確保出来るのが有難い。

いつもの河川敷にやって来て、水分補給後まずは歩けるだけ歩く。

今日は木陰を選んで往復することにした。

日差しはあるが木陰を利用すると何とか暑さを凌げる。

こんな日でも走っている人はいるもので、当然汗だくの様相で走りながらウェアを脱いでしまう人もいる。

体中の水分が持っていかれそうだが、走る人ならそこは万全でちゃんと水分補給はしているだろう。

完全な森だと虫やダニが怖いけれど、河川敷のように木々が立ち並んだ一部分があるだけだと虫もそれほど恐れずに歩ける。

今日の気温が本当に40度になるのかは分からないが、朝のうちに歩けたのはラッキーだ。

今日は木々の陰に助けられ有難みを凄く感じたウォーキングだった。

暑さ対策

家に帰ってパソコンの前に向かっているが、扇風機は強にしてネッククーラーも付けている。

でもネッククーラーはすぐに生温くなってしまう。

代わりに前にも使った帽子に当てる保冷剤その名もアイススヌードというものを、直接頭に被ったりしてネッククーラーと交互に使っている。

部屋で1人ネックアイススヌードと熱さまシートの二刀流でで冷やしていると、2階から息子が降りて来た。

自分の姿を見るなり爆笑していたが、暑さで死ぬんじゃないかと昨日から心配していたからこんな苦肉の策に笑いながらも同情を禁じ得ない様子だ。

でも改めて鏡で見ると無様過ぎて、決して人様には見せられないと思う。

そして冷やしている部分以外は熱くなっているようで、手であちこちと皮膚に触れると冷たいようでいて内部から熱くなっているみたいに感じる。

保冷剤だからどちらも時間と共に効き目は薄れるけれど冷凍庫に入れると、すぐにまた使えるから今日は保冷剤が大活躍だ。

更に今日は熱さまシートも額に貼ってみたが、これは意外といい働きをすることが分かった。

常備はしていたが熱さまシートは殆ど使ったことがなく、貼った当初は何ということはなかったが徐々に冷えて来ていい感じだ。

あまりに暑苦しくなるとエアコンのある息子の部屋で小休止してくるがそうすると、ヒンヤリした部屋から出たくなくなるからそう頻繫に出入りはしないのがいい。

今日が山なのであり明日はもう少し気温が下がると思いたい。

これまでは30度を超えると聞くと驚きの声が出たが、ここまで来ると30度が大した暑さじゃないように感じられると思う。

まぁ、無事に今日を乗り越えたらの話だが、とにかく今晩もハンカチでくるんで保冷剤を使った方が良さそうだ。

熱さまシートも取り換えることにする。

備蓄米

数日前にスーパーに行くと備蓄米が置いてあり、家の米もそろそろ袋半分程度になっていたので買ってきた。

前に買った備蓄米が令和何年のものだったか確認していないが、今回の備蓄米は令和3年産というものだった。

自分は米の味に何の変化も感じなかったが、もともと味音痴でもあるから令和3年産がどんな味でも普通に食べる。

ただ幼なじみの友人と話した時に備蓄米は買うつもりをしていないらしいことを知った。

やはり米の味が分かる人は美味しい米が食べたいのだろう。

備蓄米の炊飯に関してはお酒を入れたり、いつもより水の量を増やしたりなどの炊き方に関してお勧めがあるようだ。

スーパーに積んであった備蓄米は消費されるのかと言うくらい、自分が行った時には誰も購入していない雰囲気だったからもしかしたら味を見て買うのを控える人も出てるのだろうか。

自分は備蓄米が出るうちは備蓄米を買いたいと思っている。

この尋常じゃない暑さはまた米の生産量にも影を落とすのだとしたら、今後も心配は尽きない気がする。

でも備蓄米にしろ食べるものがあるのはまだいいと思えるし、美食を好むでもなく舌が許すならあるものを食べたい。

宮尾登美子さんの本「朱夏」の下巻を読んでいるのだが、満洲引き上げ前の生活を事細かに書いてあるので当時の生活を知ることになる。

引き上げが始まるまでは普通に生きる生活じゃなく日々配給される食事は僅かで、常に空腹と栄養失調に近いものだった。

餓えに苦しんで子どもを中国人に渡すという話は良く聞いたが、主人公のいた場所ではお金や食糧と引き換えだったりしたようだ。

日本人の子どもというだけで高く売れたのは優秀だと言われていたからとも言われる。

子どもがいなくても女性なら体を張って僅かな饅頭を手に入れるくらい、食糧事情は逼迫していたと言える。

男性はと言えばそれまで支配する方だった日本人が中国人に支配されることとなり、炭鉱で採炭労働をさせられたりしたと言うからシベリア抑留だけじゃなかったらしい。

餓えに関してはあっさりと書いてあるのに、自分は勝手に山崎豊子さんの「大地の子」を思い出してしまう。

餓えの蔓延した場所で意識を失えば、人が人を襲ってすぐさま餌食にしそうな場面が出て来て想像するのが恐ろしくなったものだ。

何かの本(戦争)でもそういった極限の餓えで起こる事態は読んだことがあると思うが、今の時代に餓えはあってもごく一部だと思う。

朝ドラの「あんぱん」とつい結び付けてしまい、同じ頃の話でありながら片や満州で故郷の高知どころかもう日本という国はなくなったと思って過ごしていた主人公の悲惨な日々。

それを思うと食糧が何もない訳じゃないからあるもので満たせるならいいと思う。

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