ツルツル路面が怖くて早々にやめたウォーキング

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最低気温は-14℃だったらしいけど車の窓はそれほど凍りついてはいなかった。

とにかく風邪をひかないようにしっかり防寒対策をして出掛ける。

外の空気は冷たいけれどある意味気持ち良いものだ。

今日のウォーキング

公園内を歩いて見たがやっぱり足元ツルツルの氷の路面が恐ろしい。

ワンちゃんを散歩させている男性がすれ違いざまにズルっと滑った姿にドキッとする。

自分も転びたくないが人が転ぶのも怖くてハラハラするからその男性が転ばないで良かった。

自分だって傍から見たら危なかしいのだと思う。

救急車が鳴らす音を聞きながらここで転んだりして救急車のお世話になるとしたら、家族にも他人様にも迷惑がかかる。

迷惑がかかることを想定しながらそこまでして歩く必要があるかと言えば「ない」に決まっている。

そう思って予定していた時間を切り上げて何とか車に戻った。

ホッカイロを2か所に貼って防寒対策はバッチリだったが、やはり寒さでまつ毛や髪の毛、帽子は濡れていた。

マスクは使い物にならないので新しいものに替える。

今日の歩数は5300歩を超えて3.7㎞とキロ数が出たがこの時期だから歩幅が小さいのでそんなに歩いてはいないだろう。

膝から下に力が入るから夏のウォーキングと違って足元の疲れ方は大きい。

とにかく今日も転ばずに済んで良かったと胸をなでおろす。

それにしても去年はこれほど酷い道だったろうか?と思うけど去年の今頃のことなんてすっかり忘れていて分かるはずもない。

とにかく無理はせず、自分の身は自分で守らなくては。

紅白歌合戦の視聴率

「紅白歌合戦」視聴率は史上最低の前年より1ポイント上昇「きつねダンス」などSNS受け話題も

日刊スポーツ

紅白歌合戦の視聴率が出ていた。

昔と違って見る番組の選択肢も多くて紅白歌合戦が高い視聴率を取る時代ではないのだろう。

今のチャンネル数って一体どの位あるのか、有料チャンネルもあるし、動画配信サービスも沢山あって見るものが溢れている時代だ。

それに見逃し配信とか言うものもあるらしいから、もう予約録画だってしなくていいのかもしれない。

そんな多くのチャンネルを選択できる中で多くの人が紅白歌合戦を楽しいと思って見ている方が有り得ないことでそんな時代はとうに終わっている。

視聴するチャンネルが紅白歌合戦だけなんていう時代が来たらそれこそ何かに支配された世界で怖いものだ。

今回過去2番目に低い数字の視聴率だったとしても前回を超えたらしいから、それでいいんじゃないいかと思う。

数字はどうあれ楽しく盛り上げようとする雰囲気に、乗っかって見るのもいいものだった。

もしかして自分も少し許容範囲が広くなったのか?

ダウンタウンの「笑ってはいけないシリーズ」も好きだったから何だか寂しい気もするが、そこは久々に見た紅白歌合戦が穴埋めしてくれたみたいだ。

知らないグループも沢山いたけれど改めて知る機会をもらったようで、新鮮な気持ちで見ていた。

「男性司会者がやたらうるさかったが我慢して見ていた」という70才男性のコメントを見ても笑えるだけで「そうそう大泉洋さんはうるさい人だよ!」とうなずいたりしていた。

大泉洋さんを知らない人にしたらあの騒ぎようを受け付けないのも分かる気がするし、好き好きはそれぞれだ。

次の紅白歌合戦も見たいという気持ちになっているのは確かだ。

年賀状

お正月には間違いなく届くように作ったはずの年賀状が2枚「あて所に尋ね当たりません」と戻って来た。

今回初めてこのパソコンにあった「筆ぐるめ」というソフトで年賀状を作って見て割と時間をかけて何とか作った。

住所も確認して入力したはずだったのに、これから出すのはテンションが下がる。

そのうちの一枚は透析をしている幼なじみの友人だった。

夏に住んでいた家の隣に家を建てて引っ越したが、住所を聞くのをすっかり忘れていた。

お隣に引っ越したから届くというものではないらしいが、家は近所なので今度持参しようと思う。

もう一件は千葉県だが転居したのか住所がマンションになっているから、出し直しだ。

住所録も直しておこう。

もうとっくにお付き合いは終わっていると思っていた人からも年賀状が届いてどうしたものかと思っている。

ただの年賀状なのに聞きたくもない今年の予定が書いてあり少し不愉快なのは、私の成長がまだ未熟なのだろう。

林真理子さんの本「成熟スイッチ」を読んでいるから尚更、自分の成熟の不十分さを感じる。

ある程度の成熟さが身に付くと嫌いな人などいなくなるらしく、それくらい心が拡がるらしい。

林真理子さんのような方でも会社勤めの若い頃の未熟だった自分を夜中に思い出して、「ああ、恥ずかしい」と冷や汗をかくことがあると言う。

そんな気持ちは自分にもあって突然記憶が甦ることがある。

無知だった自分が恥ずかしく今でも心残りなのだなと思う。

でもそういった無知で若かった自分があって今があるから、恥ずかしく思うくらい成長はしているのだろう。

とにかく年賀状を書いて明日投函しよう。

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