昨夜は雨が降ったからか夜になると涼しくなって、おかげですんなり眠れた。
眠っている間に雨も止んでくれて、出掛けるのに雨がないのは助かる。
でも一歩外に出て見たら蒸しているみたいで、いつもと違って息苦しさを感じた。
今日は1日なのでまずは神社にお参りに行く。
神社にお参り
8時半過ぎに神社に着いてみると大きなバスが鳥居の前に止まっている。
普段は乗用車しか止まっていないから戸惑ったけれど、バスを越して駐車場を見たら1台が出るところだったので幸いにして一番近い駐車場に車を止めることが出来た。
花手水が出迎えてくれて今日は茅の輪があったので、茅の輪をくぐり抜けてから参拝してくる。
バスがあったから参拝は行列なのかと思ったら人の列があるでもなく、すんなり参拝を終えて出て来た。
友人も自分より後に参拝に来たようだが、神社の中に沢山の人がいたと言っていた。
普段は宗教にこれといった思い入れはないのだが、友人が1日と15日に欠かさず参拝していると知って始めた参拝。
幼なじみの友人のご主人に前立腺がんが見つかり手術をすることもあり、今日は自分の周りが穏やかであるように祈って来た。
祈ったことが通じたらそんな有り難いことはないし、誰でも祈れば通じると思ったら神社は大混雑することになる。
自分の気持ちを穏やかにするために神社にお参りをしているんだと思う。
何かを信じるとか祈るということは、結局自分に誓いを立てて自分自身で乗り越える力を持とうとしている気がする。
月に2回の参拝くらいが忘れかけていた自身を戒めるのに調度いい間隔なのかもしれない。
「愚か者の石」
「ともぐい」の河崎秋子さんの直木賞受賞後第1作になる「愚か者の石」を読んだ。
冤罪とも思えるような思想犯的な罪で東京生まれの20才の青年が、開拓途上の北海道の牢獄に移送されてきた。
青年の獄中生活とその間相棒となった男や看守の1人との関係などが13年の長きに渡り繰り広げられる。
単調で重労働で粗末な食事と寝床があてがわれ罪人の命は酷く軽く、脱走を図るも捕まって見せしめに命をとられる者もいる。
北海道の開拓に多くの罪人もしくは冤罪の人の命がつぎ込まれたのだと想像する。
そんな過酷な監獄での生活に20代の青年が放り込まれた後、相棒と信頼関係を結び1人の看守とは後に因縁を持つことになる。
途中で「ショーシャンクの空に」を思い出して、青年をティム・ロビンズ相棒をモーガン・フリーマンのように感じたがそれもまた違った。
青年は自身が冤罪であり長い刑期に理不尽に感じ、しかも青年を見捨てた親や許嫁を憎み当初は復讐を誓うほどだった。
けれど過酷な労働で亡くなっていく仲間や日に日に弱っていく相棒を見るにつけ、青年は復讐の念よりもこの監獄で生き続けることこそが真の目標だと気付く。
そうだ、与えられた命を死ぬまで生きることが人間に課せられた使命だと言える気がする。
幸いにも青年の若さと体力と精神力が勝ち、恩赦という運を味方に自由放免となる。
けれど自由放免になった青年の相棒だった男はその少し前に懲罰房のようなところから脱走して行方知れずになっていた。
その脱走囚となった相棒を探すために青年は看守に付き合わされる羽目になり、相棒のその後を知ることになる。
監獄でいくらかの信頼関係を結んだと思っていた筈が、看守だけじゃなく青年にも素性を隠し通していた相棒を知る。
ある時は移送途中に吹雪に見舞われ、囚人と看守が犠牲になる中、青年と相棒と看守の3人だけが生き残ったという奇跡があった。
まるで「八甲田山」の雪中行軍と同じだとその部分では思った。
囚人であろうが看守であろうが吹雪はお構いなしに命を奪う。
吹雪の中では3人は囚人でも看守でもなくただ命を繋ぐために、眠らないように互いを叩いていた。
そんな風景を想像するからか、何だか急に風が強くなりゴーゴーと音を立てて吹き始めている。
午前中は風がなく暑いだけだったのが風があるだけで涼しく感じて来る。
そこまで一蓮托生だったと思っていた相棒が脱走して行方知れずになったのだから、青年にしたら裏切られたようなやるせない思いにかられる。
結果的に脱走して自由を得たと思っていた相棒は、監獄ではないが監獄同等の扱いを受けて命を落としていた。
そして罪を背負っていたとばかり思っていた相棒に罪を償わせるために追い続けていた看守の驚き。
でもそんなことも過去になり青年も看守も明日を生きることになる。
牢獄にいないとしても人間なら誰しも何かに縛られているような気がする。
看守自身も囚われの身ではないが、数々の疑問に蓋をして看守という業務を全うして階級が上がっていくがそこにとどまるからには何かしら囚われている。
相棒は監獄で巧みな話術で周りを翻弄していたがその実、自身を隠し通した生涯で損な役回りばかりで生涯が終わった。
青年は恩赦で放免になったのだから良いことと思えば思えるけれど、監獄で地獄を見て来て娑婆をどう見るか・・・いや、青年はとにかく生きることを命題にすればよいのだろう。
河崎秋子さんの「愚か者の石」は監獄ものだから是非とも読みたいと思っていた。
「プリズンブレイク」とか「アルカトラズからの脱出」や古くは「パピヨン」などは自分の好きな分野だ。
「愚か者の石」は脱獄を試みる話ではないけれど、青年もいっとき復讐心で脱走を考えたこともあったようだ。
でも脱走の失敗の顛末が見せしめで死に至ることは明らかだ。
昔は冤罪もたくさんあったのかもしれない。
過酷な労働で次々と囚人が亡くなるさまは戦争でのジェノサイドとは違っていても、死ぬまでこき使うという残虐行為だ。
だからこそ、監獄を出るまで生き続けて、出てからも生き続けることに意味がある。
河崎秋子さんは骨太な本を書く人だなと思った。
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